2017年03月30日

医科、歯科の始まり

 日本の医療の始まりは、古墳時代(大和時代)400年頃新羅から金武、百済から徳来という医師の渡来からといわれている。
その後、仏教の伝来とともに、僧侶が医学を伝えるようになる。
大化の改新を契機にその当時大陸に派遣されていた遣唐使によってもたらされた唐の制度にならい、701年(大宝元年)に大宝律令が編纂される。これによりわが国は法治国家としての形を整えてゆく。
 この大宝律令に含まれる制度のうち21番目に、日本で最初の医療制度である「医疾令」(イシツリョウ)が定められた。医療に携わる医師を政府が養成し、諸国に配置して医療に従事させようというもの。大療(内科)創腫(外科)耳目口歯(耳鼻歯科)などが登場し、初めて歯科の文字が出たことになる。具体的には13~16歳の医師の子弟40名を医学生として選抜し、厳しい試験を課して中央政府や地方行政機関に配属していくもの。部門ごとの修学年限や定員は、内科および鍼灸が7年で12名、外科・小児科が5年で3名、耳鼻科・眼科・歯科にあたるものが4年、按摩や呪術にあたるものが3年など。これは、我が国の最初の医療制度であり画期的なものであった。
  


Posted by 中原歯科医院 院長 at 08:10