2012年06月07日

寛仁親王殿下 こう去(ぎょ)

 1998年よりご縁を頂いて、かわいがって頂いていた寛仁親王殿下が昨日お亡くなりになられました。

 16回もの手術を受けるという強靭な精神力をお持ちでしたが、本当に残念でなりません。

 昨夜、過去の親交を、読売新聞と産経新聞の記者たちに尋ねられましたが、

 その記事が、それぞれ地域版に掲載されました。

 1998年(社)日本青年会議所医療部会35代部会長の時に、神戸ポートピアホテルで周年事業、記念式典を行った際に、特別講演にお越しいただいたことが、ご縁となり、

 お礼に、赤坂御用地の殿下のお宅にお伺いした時、いろいろと話が盛り上がり、「一度ゴルフをしましょうか」ということとなり、

 有馬ロイヤルゴルフ場で2組みでラウンドしました。

 部会長であった私と殿下のゴルフバックが1台のカートに載せられ、そのバックには「PRINCE
TOMOHITO 」と刺繍されていました。

 スタート時には支配人はじめかなりの人が見守る中、ティーショットしましたが、頭が真っ白になり、
「当たればいい」という思いでスイングしたことをよく覚えています。

 下見の練習ラウンドの時は80台だったと思いますが、当日は最後の60cmのパットを決めて99で上がれたことは感激でした。殿下はお上手で悪かったと言われも80台後半でした。

 どのホールも見渡す限り、人は見えず、自分のゴルフ場感覚でした。

 セカンド地点に行くまでに、殿下がバッグから煙草を出されて吸われたので、「お供します」と
連れ煙草をフェアウェーで吸ったことは、一生の思い出です。

 北新地のクラブで接待させていただいたことや、

 2000年(社)加古川青年会議所理事長の時、加古川市制50周年記念事業として、6月15日に殿下にご台臨いただき、記念特別講演をしていただけた事は、殿下の律儀なご配慮と感謝の言葉もありません。

 私の祖父は昭和10年代に加古川町制時代の助役を務め、最後は町長代理を務めておりましたので、お墓の中でさぞ喜んだだろうと思っておりました。

 さまざまなお話をお伺いし、貴重な体験をさせていただき、時には厳しくご指導いただいた、寛仁親王殿下の安らかなるご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。

 本日午後より、宮内庁へ馳せ参じ、記帳を行って参ります。

 



Posted by 中原歯科医院 院長 at 12:36