2017年04月05日
明治からの近代化
明治元年(1868年)、明治維新後は積極的な西洋医学の導入が始まった。医科は、オランダ、イギリス、特にドイツを模範に東京大学医学部の基礎を築いた。(その頃、ドイツのエネルギーが充実していたことから、世界でもまだ新しかったビスマルクの疾病保険制度が、後藤新平によって取り入れられた。)歯科は、国策としての教育からではなく、民間の臨床ベースから出発した。開港して間もない横浜にいる外国人を対象として、来日した外国人歯科医師、特にアメリカ人歯科医師から発達した。そして、彼らから歯科技術を学んだ著名人として小幡英之助があげられる。
明治8年、小幡英之助は第1回目の医術開業試験に「歯科」を専門に試験を申請し合格した。小幡は医籍4号をもって登録された。これは「歯科を専攻する医師として登録された」ということであるが、小幡が西洋歯科医学を専攻した先達であり、「歯科」という語を初めて用いたこともあり、日本で最初の(近代)歯科医師とされている。
明治8年、小幡英之助は第1回目の医術開業試験に「歯科」を専門に試験を申請し合格した。小幡は医籍4号をもって登録された。これは「歯科を専攻する医師として登録された」ということであるが、小幡が西洋歯科医学を専攻した先達であり、「歯科」という語を初めて用いたこともあり、日本で最初の(近代)歯科医師とされている。
Posted by 中原歯科医院 院長 at 08:11